昭和42年02月12日 特別奉修委員
昨日は期せずして、あっちこっちからの、たくさんのお参りがあっとります中に、遠隔地からの御参りが多ございました。日田の、日田から又2時間ばかり2時間位ですかね、佐田さんの御親戚になります、大変山奥だそうです。そこから夫婦でお参りしております。それこそ、まさえさんが見えとりますから、聞かれると分かるですけれども、本当にどうにもでけない人間関係。
それが裁判になって、どうにもでけない、どうにもでけない。とにかく、ここに、本当に、神様か仏様がござるなら、縋らなければおられないところ迄、立ち至ったんだそうです。お願いに参りましてから、もうそれこそ、先日から2回御礼に出て見えましたが、もう本当にあのどげな素人の私でも、おかげち言わなおられません、という様なおかげになっとります。
しかも、ほんなら、喧嘩相手の、あちらこちらも助かっていきよる訳ですね。喧嘩相手ち言うと可笑しいですけど、裁判相手ですよね。そしてその、息子さんの事がお願いにしてございました。これも又難儀な問題でした。それをおかげ頂いて、先日お礼に出て参りまして、これは一番始めからお願いしてございましたけれども。ご主人に、大変な一つの悪癖がある訳なんです。
もう大変な財産家だったらしいんですけれども、その為に、本当にま、困っておられるという状態なんです。ですから、そうしておかげ頂くもんですからね。昨日は、そのご主人も一緒にお参りして来とります。もう本当に、只、驚くばかりでございます。その今朝からの御理解を頂いてからですたい、そういうおかげの中に皆さんなあるとですよね。もう日田ん人だけ、おかげやってから、ここ辺のもんにはやらんち。
そげなこつはなかってす。もう一人はあの熊本の、これも熊本市から四時間、自家用車でかかるんです。球磨川という川がございます。あの川を川沿いにずっと四時間登らんならんそうです。ここまで六時間かかる。だからここには、御本部参拝と同じ事と言うて参って見える。これはお医者さんなんですけど、今、もう昨日疲れとるからと言うてから、四人連れですか、四人ですが見えて泊っとられます。
これなんかも、もうお話にならんほどの問題なんですよね。それがおかげを頂いていくが、親戚のこの人も、又、医者でも、どうにも出来ないというその今日は人が参ってきとります。一人は、皆さんもご承知の、大山さんが、宮崎のそれこそ山の山の奥から参ってきとります。今そこに来てられますですね。もう本当にカンコロばかりを作る様な山の中です。宮崎県の山の奥、大分県の山の奥。
熊本県のそれこそ、球磨川の坂登った上の多良木という、いわゆる田舎町。それだけじゃありません、昨日は、本当に私が昨日、午前中、座っておる間だけでも、様々なお届けをさして頂いとりますけれどもです。これが私が、今朝から申します様に、椛目のひとつの比礼、椛目のおかげというのがね、いわば日田の山奥にも、熊本の山奥にも、宮崎の山奥にも、ひねればそから光が出たり、水が出たり、ガスが光が出たりしよるのと同じなんです。いわゆる私は椛目の御比礼であるとこう思います。
私がご造営、あちらへ移転さして頂いたら、この辺はまたどうするかどうするかと言うて心配されますけども。そうして山の奥からでもです。お参りをして来る人達が、一日だけじゃあすまん。やっぱり何日かぐらい泊まり込んでから、何時も参られんから、ここから、ここに泊まらせて貰うてから、お参りでもさして頂こうという人達の為に、私は使いたいと思うんです。それこそ容易ならない事でございますね。
先程ご祈念の後に、大和さんがお届けをしておられます様に。椛目の御用というて、本当に打ち込んで、しかもお取次を日々頂いて、畳が丁度三百枚敷かります。二百九十八枚がですね、三百枚という畳をです、作らせて頂く間、一軒からも畳の注文がなかったという。その事に専念される。今日は楽室、今日はご神前、今日はお広前、もう日々お取次ぎを頂いてのお願いでございました。
本当に神様がこれは大和でなからなければならんという、御用に、本当に私はですね、そういう神様を動きなさるじゃなくて、動かせれるだけの信心がなされなきゃ駄目だと思うです。そして、次にお届けしておられます。昨日今日から早速、お仕事をしてくれという注文が次々にあっとると言うんですから。もう一日でも、あの御用もこの御用も同じだけれども、特別の神様の御用が終わったら途端に、明日から、いわゆる、今日からもその御用に携らせてもらうというて、お届けがあっとります。
今朝から申します様に本当に恐ろしいまでに、それこそ恐ろしいまでに有難い、その御比礼の中に、お互いがあるのでございますから、又その点、ひっくりかえして言うと、それほどに厳しい神様のお働きというものの中にです。お互いがおかげを頂いて、日々こうしておかげを頂き、特にご造営成就の信心生活運動が、本当に運動その展開が記せられる為に、皆さんがこうやって特別のご祈念をなさいます。それが皆さんの中には、たくさんの中にはです。
表面だって本当に椛目のスター的な存在にある人達もございます。かというと、誰も知らない中に、その御用その事にもう、心血をそそいで御用を頂いとる方達もあります。いうならば、ご信者さんの中にはです。主役を演じる人があるかと思うとです。もうお芝居でいうならば、縁の下の力持ちであるところの舞台方、又は、馬の足でも、そこんところを有難いと、その専念しておられる方達がございます。
桜の花の様にパァーとした、御用の場に、使われておる人があるかと思うとです。それこそ辛抱役でございます。梅の花の様に、それこそ辛抱しなきゃ、もう人間心使うたら馬鹿らしか、俺だんこげん仕事しよるばってん、誰ん知らん。と、例えば人間心でいうなら、思われる様な辛抱役を承ってる方達もございます。果たして皆さんが、どういう所に、どういう立場でお役に立っておるだろうか。
昨日は、あぁも申しました様に、大川行に、それぞれの人達が適材適所、それぞれが使われておるという事と同時にです。あぁしたおかげを頂いて帰りました。今日は、さきほど、青年会長がお届けいたしております様に、青年会を中心にして学生会の人達が中心になって、造園の御用に今日一日、御用頂きます。本当に皆さん、あの本当にですね、あの御用に使うて頂いておる、御用に使うて頂きたい。
それこそ、心の底から、お役に立ちたいお役に立ちたいと言う、一念を持っておかげを頂くならば、只今申します様に、宮崎・熊本・大分、これは昨日だけの事でございますけれども、そういう端々に至る迄、そういう、それこそ、百燭光が日田の山奥についたかの様な感じでです、おかげを頂いておるのでございますから、足元の私共が、皆さんがです、おかげの受けられんはずはないて。
そこに私共がですね。あれもおかげである、これもおかであったと分からせて頂く程の信心をです。こうした生き生きとした特別の神様の働きのあっておる時にです。私は体験さして頂いとかなければならんと思うのですね。その中にです、自分の役不足とでも申しましょうか、役不足じゃないですね、役不足ですか、なんですかね。俺はもちっと主役を演じられるのに。
自分はもっと華やかなところで働きたいのにと、そういう腕があるのにと、例えば思う様な私は、ことでは、おかげにならない。神様が御使い下さる、その場でです。その事を通して、私は、専念させて頂くところのおかげ、信心を、頂いていきたいもんだとこう思います。昨日、そうした遠隔地からの参拝者の方達が、それぞれにおかげを受けております。これも、いうなら、あの、先日から種子島から電報がきております。
もちろん、東京あたりから何時もの事でございます様にです。本当にいうなら、大げさの様ですけども、全国津々浦々からですもん。椛目の信者さんがおります事は。それは、そのまま、私は椛目のいわば、線を引いたらです、東京なら東京という所で、ぱっと電気が点く様になってる。そっから、水道が出る様になってるて。電報一本でおかげを受けてる事実がある。
昨日一昨日は、伊万里から池田さんがお参りしてから、色々お届けしとられます。この正月にご主人が亡くなられましたけれども、さぁそれからこちらのおかげというもの、どうにもこうにも出来ません。竹内先生にその事を聞いて頂いて、本当に、ちょいと、何時何時は、ほんなら、一緒にお参りさせて頂くけれど、とにかく明日、そのお礼参りにしておいでというてから、今度の十何日かに、みんなで団体で、参ってくる様になっとるそうです、バスで。
けどもその前に一寸お礼に出ておいでと、言われる程におかげを頂いております。死ぬるとか生きるとかいう事は、その降るとか、照るとかというのと同じ事。その降る中にも照る中にも、生きる中にも死ぬる中にもです。神様のそうした働きを頂いて、おかげを頂いておるという。そのおかげの中に、お互いが、私は思うのに、そういうおかげの中にでなからにゃ、信心は本当は進めんのじゃないかと思うんですよ。
もう私共そういうおかげを実感せずにです、信心を続けておる人達の本当にあれでやっぱ、信心を続けておる人達があるんだけれど。本当にそれこそ感心だと私は思いますですね。そういう意味合で又反対に、椛目の様に、こういう生き生きとした神様を頂きながら、信心の稽古がでけない人は又これは、不思議でたまりません。本当にどうぞひとつ真心一途の心をです。神様に打ち向けての信心稽古でなからなければなりませんですね。
どうぞ